© 2017 Organization for pornography and sexual exploitation survivors(PAPS).

  • Instagramの社会のアイコン
  • 社会的なFacebookのアイコン
  • Twitter Social Icon
  • アマゾンの社会のアイコン

森美術館への個人抗議文(金尻カズナさん)

 現在、六本木ヒルズの森美術館「会田誠展」において、さまざまな性暴力性と性差別性に溢れた図画などが多数展示されていることに対して強く抗議します。

 公共性の極めて高い日本の有名な美術館において、女性や子どもを性差別的・性暴力的・性虐待的に描いたものを、あたかも前衛的や芸術的、天才ともてはやして、堂々と公開しました。たとえば、四肢切断された少女が全裸で首輪をつけられて四つん這いで微笑んでいる「犬」シリーズや、巨大なゴキブリの像と若い女性が性行為をしている写真、少女が食べものとして焼かれたり切られたりしている作品、無数の少女や女性がジューサーでつぶされているもの、などです。

 これらの展示物の作者は、森美術館の公式ホームページ上で「コソコソ見るから、エロ本は面白い」と発言しており、それらがエロ本の延長線上の認識のもとで展示されていることがわかります。

 もし性虐待的なシーンを描くのであれば、必ず被害を受けた側に対する何らかの共感、加害者に対する抗議や怒りが表現されなければなりませんが、展示物や解説の文章には、いっさいそうしたものが表明されておりません。

 作者のそうした姿勢を裏づけるものとして、この作者は、「ヒロイン手帖」 (http://vobo.jp/pg21.html )の、「うぶ毛が生え胸がツンとしてくる14歳の少女には奇跡の時間がある!」と題したインタビューにおいて以下の発言をしています。

キングギドラは僕のミスなんです。涙なんか描いちゃったから。あれが和姦に見えればOKなんですけどね。何度か若い学芸員たちが設置を試みたらしいんですけど、館長クラスにダメだと言われるみたいで。女性団体からの抗議が来ると予測されるんでしょう。だから、そういう抜け道みたいな意味もあって“美味ちゃん”とかやったわけでして。

中2くらいじゃなければダメです。中1は早すぎ、中3は遅すぎ。幼女もダメ。胸も“ツン”くらいは尖ってくれないと。

「うぶ毛、胸もこれから成長するぞと、前に前に尖っている状態、3日後にはまた毛も伸びたなというのが理想ですけどね。まっあの、そんなの見たことないんですけどね、実際には。あくまでも妄想の世界ですから。妻とスーパー銭湯みたいなところに行くと、風呂から上がって休憩所で報告させるんです。その世代と思われる子がいたら〝あれは生えていたか?〟とか。妻も最近は観念して報告してくれますけどね。

 上述のことからして、展示物の作者は、13才~14才の発達途中の少女の性を、意図的に見世物として描いたことがわかります(なお、妻に少女の陰毛の有無を報告させるのはセクシュアル・ハラスメント以外の何ものでもありません)。

 念のため申し上げますと、私たちは作者のセクシュアリティをここで問題にしているわけではありません。また、展示物の作者の芸術活動や創作活動、表現行為そのものを非難しているわけではありません。私たちが問題にしているのは、美術館側が、女性や子どもを性差別的・性暴力的・性虐待的に描いたものを、芸術の名のもとに免罪し、前衛的とか天才的ともてはやして、これらの作品を公然と陳列したという事実です。

 さらに、「全年齢対象」として、切腹している女子高生の絵や、リストカットした少女と股を開脚した少女の姿態を面白おかしく見世物にした絵などを堂々と公開したことも重大な問題です。男子児童がそれらを見れば、女性とは幼いほど性的に利用可能な存在であって、水着姿や全裸が当たり前で、性的な欲求を満たす存在であり、そう扱われるべきだと学習することでしょう。女子児童がそれらを見れば、自分たちは幼ければ性的に価値があり、露出すればするほど、性的商品となりうることを、幼いうちから学習することになるでしょう。

 以上のような展示は、多くの性差別的・性暴力的、虐待的な行為を正当化しているのに等しく、多くの性差別・性暴力被害者にとって、被害を訴えることを困難にすることにも繋がります。そして、芸術という名を借りさえすれば、どのような性暴力でも許されるという社会的慣行を広範囲にわたって広めて永続化し、商業的な性的搾取する表現や産業を促進することにも繋がります。

 森美術館側は、入場口付近にA4サイズ程度の大きさの紙で

「本館には、性的表現を含む刺激の強い作品が含まれています。いずれも現代社会の多様な側面を反映したものですが、このような傾向の作品を不快に感じる方は、入場に際して、事前にご了承願います。なお、とくに刺激が強いと思われる作品は、特設のギャラリーに展示し18歳未満の入場をご遠慮いただいています。」

という告知文を表示しています。

 女性や子どもを性差別的・性暴力的・性虐待的に描いたものの展示が問題になっているにもかかわらず、あたかも「快」か「不快」かが問題であるかのように矮小化されています。これらの絵は、多くの女性や子どもにとって、森美術館が掲げる「やさしいバリアフリー」どころではありません。性的侵害の脅威そのものです。たとえ「18禁部屋」と称して形式的なゾーニングがなされていたとしても、不快にならないと思って入ってみたら、性的虐待の描写の内容によっては、心的外傷を受けるかもしれません。子どもの頃の虐待の記憶がよみがえり、長く苦しむこともありえます。それらの人にとって快や不快という主観的問題ではありません。人権侵害の問題です。

 このような可能性があるのに、美術館という公共の場において、入館者に自己責任を求めることは、女性や子どもの人権や公共の福祉の観点からも間違っています。

 このような問題においては、まともな良識のある美術館であれば一定の自己抑制が働くはずですが、森美術館の場合、それが働かなくなっているようです。その理由として、森美術館側に、現代アートの専門美術館として社会的常識や権威に挑戦するという過剰な自意識があったからでしょう。

 しかし、「社会的常識」の中には、打破すべき古くさい通念もあれば、差別され抑圧されてきた集団が長年の戦いによって勝ち取ってきたものもあるのです。女性や少女や身体障がい者が公然と性的な玩具や虐待的見世物にされてはならないという観念は、世界的にさまざまな人権団体や国際機関によって広げられ、昨今、ようやく「社会的常識」や「社会的通念」として成立したものです。それを、公共性の高い美術館で公然と蹂躙することは、権威に挑戦することではなく、今なお続く差別と虐待に手を貸すことです。これは、人権の観点からだけでなく、企業倫理や企業の社会的責任(CSR)の観点からもとうてい許されるべきではありません。

 さらに、企業の社会的責任で言えば、森美術館の売店では作画集である「会田誠作品集 天才でごめんなさい」が、ゾーニング標識などがいっさいなく普通に陳列され販売されていることも問題です。この作画集には「犬」シリーズをはじめとする性暴力的作品がすべて掲載されています。このような陳列の仕方は、東京都青少年健全育成条例に抵触するものであり、コンプライアンス(法令遵守)がなされていません。

 この抗議文は、公権力の介入を求めるものではなく、森美術館が当然もつべき社会的責任や人権倫理にもとづいて、自主的な判断として、これらの虐待的作品の展示をやめていただくよう求めるものです。なにとぞ、良識ある判断を下していただきたいと思います。

2013年2月2日
金尻カズナ(ポルノ・買春問題研究会)