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200人のAV被害者、そのひとりがわたしです - 後編 -

 連れていかれたのは、梅田駅近くの美容室でした。

 気持ち盛り返しました。

 

 いえ、微妙に違いますね。盛り返すものを探してた。そのほうが正しい。

 お店はビルの一階にありました。

 アンティーク調の擦りガラスの扉が入口で、お店のなかは白い漆喰の壁、青くペンキ塗りした椅子が飾るように置かれている。

 黄色いミモザのドライフラワーが、花束になって壁につるしてある。

 美容師のお兄さんは、

「ふんわりとした雰囲気に仕上げようね」

って言って、メイクを始めた。

 童顔メイクのお手本をプロに見せてもらってるみたい。

 柔らかいい印象の眉と、とぱっちりした目、赤ちゃんのようにぷっくりとした唇。
 嘘、可愛くない?って自分でも思っちゃった。

 やっぱりプロにやってもらうと、顔、全然変わる。

 真っ黒く染めた髪をツインテールにされたのは、幼すぎて微妙な気もしたけど、メイクでプロがやると、こんなに顔が変わるんだって驚いた。

 

 やっぱり来てよかったんだって思い直しました。

*

 終わると、あの人はわたしの見ている前で一万千円を支払いました。

「領収書を、上で。ヘアメイク代として」

 

 お店を出るとすぐにお金の話をしていた。

「アイドルを売り出すのには大変なんだよ。売り込みもいきなり営業するわけにもいかないし。経費がね、かかるんだよ」

 

 今度はビルの隣のマンションに連れていかれました。思えば、考えたり迷ったりする余裕を与えない至近距離です。

 

 エレベーターのなかでもお金の話。

 イメージビデオの作成にはどうのとか、契約を取るまでの営業の人件費がどうのとか。

 プレッシャーを感じました。さっき目の前で一万五千円払ってたのもあったし。いらない責任感もわいた。

 

 このマンションに、あの人が「コスプレ部屋」と呼んでいる六畳間がありました。

 パイプのハンガーラックが所せましと並んでいて、水商売にも使えそうな、生地もゴワゴワなコスプレがぶらさげている。

 

 えって、落胆を声に出しそうになった。

 コスプレというから、もうちょっと素敵なの想像していたから。

 

 でもあの人は、まるで暗示をかけるように繰り返しました。

 ××ちゃんにはすでに投資されているんだ、って。

 

「大丈夫。頑張れば、経費は取り戻せるよ。――××ちゃんが、頑張れば」

 

 そして次々と衣装を身体にあてがいました。

 

 そのうち、あの人が

「あ、これがいいじゃない」

って興奮したように言いました。それからひとりで納得したように繰り返した。

「うん、似合う、すごく似合ってる」

 

 それは去年の冬にリリースした曲で、××ちゃんたちが着てたコスチュームとよく似てました。材質は安っぽいんだけど、××ちゃんと一緒だ、って思った。

 

 よく考えてみれば、それも手口なんです。

 

 わたしはあの人に、××ちゃんがどれだけ好きか、しょっちゅう話題にしていたのだから。計画的に用意して、この服をあてがったときに興奮してみせる。

 わたしはあの人のことを知りませんが、あの人はわたしの情報をたくさん持ってました。

 

「着替えておいでよ」

 明るい感じで促されて、コスチュームを手にバスルームにむかいました。

 着替えてから、鏡を見た。

 ××ちゃんのいるアイドルグループに、トロいキャラをむしろ売りにしてる子がいるんだけど、似てなくもない。やっぱり、プロのメイクって上手。

 再び気を取り直しました。

 

 アイドルの一日を楽しもう。

*

 一度目の撮影は、公園でした。

 可愛いスタジオを想像してたんだけど、違った。

 

 ベンチに座ってシャボン玉を吹いたり、滑り台を少しだけ登ってみたり――下着が見えそうな角度からでした。しゃがんでクローバーを探すしぐさをしたり。これも見えそうで怖かった。

 実際、見えていたの、あとで知った。

 でも頑張った。経費かかかってるっていわれたの、すごくプレッシャーに感じてたから。

 

 撮影が終わったら、なんだか疲れていた。

 

 けれどあの人は上機嫌でした。

「よく頑張ったね、美味しいものでも、食べていこうか!」

 本当言うと、はやく帰りたかった。

 

 でもけっこう強引に連れていかれました。案内されたのは、真新しい高級ホテルです。エントランスの車寄せにはドアマン。

 

 目を見張りました。

 ロビーの一角は、家具じゃなくて調度品っていう単語を使うのがぴったりの、テーブルや猫足のソファ。強く香るからなんだろうと顔をやったら、香りの方角にたくさんの百合が壺に投げ入れられている。お城みたい。

 

 あの人は慣れた調子でロビーを横切り、わたしをラウンジに連れて行きました。

「いいホテルでしょう。駅から少し歩くけど」

 自慢げです。

 

 変な話ですけど、別の意味で心細くなったんですよね。自分が場違いな気がして。一生懸命、あの人についていきました。こんなところで迷子になったらどうしようって気分だった。

 

 だけど舞い上がりました。

 いま思うと、あの人からもらった報酬らしい報酬って、このスイーツブッフェだけだった。価格は飲み物別で四千五百円。

 

 いま、わたしは二十歳です。だからあの人が、どれだけわたしへの「投資」を惜しんでいたか、よくわかる。だってラブホだって、一泊二万円超えるとこ、別に珍しくないらしいとサークルの子が言ってた。

 こだましか止まらない地方都市の女子高生。どれだけ世間知らずかを、あの人は知り抜いていた。

*

 二回目の撮影からはあの人の部屋でした。

 

 嫌でしたが、行きました。

 ラインであれこれ言ってくるのがうるさくて根負けしたのもあるし、もうひとつは――お金をもらってなかったんですよね。三度目の撮影が終わったら渡す、って言われて。

 

 これも、わたしが非難された行動のひとつです。

 金目当てなんだから同情できないと。

 

 でもわたしは、最初の撮影で嫌なこと我慢したんです。お金をもらうために嫌なことを我慢して頑張る。これってお仕事ですよね?

 

 それに、欲しかったコートが、目の前で取り上げられた気がした。

 

 奇怪な事件に巻き込まれて、少しだけわたしは大人びました。だからわかるんです。二十歳でも未熟、ましてや高校二年って子供です。

 

 わたしはパスケースをなくしました。同じく高校二年のときです。ひつじのショーンの、ぬいぐるみパスケース。ぬいぐるみのなかにカードが入る。鞄につけると、みんな可愛いって言ってくれた。ようやく見つけたら、ショーン、埃で汚れて灰色になってた。

 

 たかだかそれぐらいのことで泣き笑いする、年齢です。

 

 うちは別に、すごく貧乏なんじゃない。でもみんなと同じもの、欲しくないですか? それが目の前で取り上げられたら、悲しくないですか?

 

 だから行きました。

 

 撮影中から辛くて、途中から泣きたかった。

 

 はじめのころは女子高生の制服で、軽くセクシーポーズをするぐらいで済んでいたんですが、そのポーズも次第に過激なものを要求される。

 

 切なそうな顔でバナナをなめてと言われる。

 スカートのすそを持ち上げ、着を見せろと言われる、次に足を広げるよう指示がくる。

 

 要求は次第にエスカレートしていきました。

 

 信じられないでしょう?普通ならそこでやめると思うでしょう?

 わたしも他人の話として聞くなら、そうだと思います。

 でもその場では、できなかったんです。

 

 子供のころから、あんまり自己主張しないほうでした。

 

 なんでも穏便に済ませたいというか、目の前にいる人ともめたくないんです。

 少しぐらい自分が損をしたって、争いごとが回避できれば、そのほうがいい。

 

 話それますけど、それもあって、あの人とのやり取りに熱中したんだと思うんです。

 

 いろいろ言っても、なんでも、うんうん返してくれた。そうだね、その通りだと思うよ、××ちゃんは悪くない、自分を責めなくていいよ、君は素直でいい子だよ。

 摩擦が起きようがないんですよね。

 もちろん、手口です。

 

 あの人が一連の犯罪で手にした利益は1億4000万円だそうです。

 言葉ぐらい、「なんのコスト」もかかりません。

 

 撮影の話に戻ります。

 そのうち、あの人から、下着を足首まで落として、スカートをたくしあげるよう言われました。

「大丈夫、背中からなら、お尻しか映らないから」

 

 言われたこと、すごく衝撃なんです。でも、そのせいでむしろ判断力消えてる。

 もう、頭のか、真っ白だった。

 自分がなにをしているのか、もうわからない。

 結局、片足に自分の下着を絡めて、スカートのすそを持ち上げてお尻を見せた画像が撮影されました。

 

「お疲れ!」

 

 ようやくの解放でした。

 ほっとしたのに、それでもまたあの人は、またスイーツブッフェに連れていくんですよね。また笑ってピースサイン作って。義務のように食べました。

 

 この画像、裁判では不利になりました。被疑者と楽しそうにケーキを食べてたじゃないか、貰えたお金が少なかったから訴え出ただけだろう、って。

 そこまであの人は読んでたんです。

*

 事件の話に戻りますね。

 

 アイドル一日体験の広告を何度も見て、ついに決意しました。どきどきしながら顔写真を送りました。すぐに返事が来た。

 

 あの人からの返事です。

 

『いいと思いますよ、とてもいい。口元が幼い感じがいい。ちょっとおっとりした感じ、スレてない感じ、いいですね』

 

 だいたい、こんな感じです。

 遠まわしに「ダサい」って言われてるのわかった。「スレてない」、むしろ納得した。そういうの好きな男の子って、たしかにいる。自分のプライドを傷つけない、ほどほどの女の子のほうがいいって男の子。

 

『ありがとうございます、でも目が小さめじゃないですか』

 

 すぐに返事が届いた。

『いまどきは整形してる子が多いから気にしちゃうよね。大丈夫、プロのメイクでどうにでもできるし』

 

 目があんまり大きくないの、否定しないから、正直な人だなって思った。

 

 あの人は軽い話題を楽しく盛り上げるのが本当にうまかったです。

 

 ううん、それは正確じゃないですね。わたしが言ってほしいことを、言ってくれる才能です。平気で褒めて、平気でおだてる。

 あと、返事が早かったです。ほんとうにすぐ。

 すごく忙しそうでも、返事くれている様子。

 

 返事ないと、すごく不安になりません?

 嫌われたかな、とか。

 でもそういうの、あの人は決してしなかった。一言二言でも、必ず返ってくる。

 

『本当に整形いらないですか?』

 

『視聴者はね、最初から美人な子よりも、自分たちが育てたっていう感じが好きなの。自分たちが応援しているうちに、みんなが振り向いちゃう美人になった。これね』

 

 自分もアイドルオタだから、すごくよく気持ちわかる。

 

 現実味はなかったけど、メッセを交わしているのは、楽しかった。

 でも、ちょっとだけ「これ本気かも?」とも思った。

 

『まあ、整形のことは――僕が折をみてね』

 

 どきんとした。

 

 君のなにもかもが素晴らしい、って言われたら、さすがに騙されているって気づいたと思うけど。整形のことはまったく否定しなったし、『折を見て』。

 芸能人も、だんだん顔が変わってく。

 

 それからちょっとして、雑談してたら、さらっと「整形は額だよね。三百万ぐらいかけないと駄目だよね」って。

 それはアイドル一般に関してのことだったけど。

 

 でもなんとなく、売り出すからにはそれぐらいの額をかけるよ、って言外に匂わせている感じした。

 

 整形について詳しくないからびっくりしたけど、それなら美人になれるの、納得だって思った。わたしでも、三百万かければ、もしかしてって。

*

 三度目の撮影は、もう行かない。

 

 帰りの新幹線のトイレのなかで泣きじゃくりながら、それをラインで伝えました。

 お金なんて、もういらない。それも伝えました。

 めずらしく返事がありませんでした。

 

 でも、ツイッターにアクセスしたら、ダイレクトメッセージに画像が送られてきていたんです。例の、水着の下も脱いじゃって、背中を見せているやつ。

 

 ここからは、完全に脅しでした。

 わたしとつながりのある子、みんなに拡散すると文面にある。

 

 いよいよあの人は本性を現しました。威圧は脅迫に変わりました。

 

 そんなことをされたら、わたしは学校にいけなくなる。お父さんもお母さんも、仕事をやめないといけないし、ローンが残ってるこの家だって売らないとならないだろうし、お兄ちゃんも大学やめないといけなくなる。

 

 どうしたらいいかわからない。せめて願うのは、あの人の要求が、そう酷いものではないように。それしか頭になくなる。

 

『次の撮影はなにをするんですか』

『まあ、ちょっと過激なイメージビデオだよ。着エロだし』

 

 着エロの意味がわかりません。

 

『着エロってなんですか?』

『裸にならないで、少しいやらしいポーズをとったりするって感じかな』

 

 サンプルのURLが送られてきました。数分ほどのやつ。

 

 このあいだのわたしのような水着姿のジュニアアイドルが、シャワーを浴びて笑ってます。白い水着だから、みんな透けてる。

 それから身体を洗っている最中の映像。

 

 思い返すと、非常にグロテスクな映像なんですよね。だってジュニアアイドルの子、十六歳なんです。あとでPAPS!の人から、日本の児童ポルノ法はザルだと言われてるって教えてもらいました。

 余談に逸れましたが、実態を伝えたいのもあるので、ほんのさわりだけ。

 

 バスルームで、ジュニアアイドルの子は裸です。

 乳首や股間のあたりはわざとらしく立てた泡で隠れている。

 そして妙に色っぽい顔をして、自分の身体を手のひらで撫でまわす。――ようするに自慰を連想させるんです。

 

 最後に泡を流すんです。それからカメラがアップでゆっくりと全身を映していく。

 乳首だけ指でおさえて隠しています。それから、剃毛した女性器を指一本だけあてて隠す。

 

 常識的に考えれば児童ポルノですよね。でも現行法には触れません。

 

 話を戻します。

 これだけグロテスクな映像を見ているのに、むしろほっとしました。

 恐怖のせいで、悪い想像はとどまるところを知りません。

 

 だから、これぐらいなら、ってほっとしたんです。これぐらいなら、我慢できそう、って。頭にあったのはAVです。

 知識はほとんどないですが、性行為があるのぐらいはわかります。だから、裸で自分の身体を撫でまわすぐらいなら――異常心理です。

 

 二度目の撮影で、裸になる異常さに麻痺しているのも大きく関係してます。

 少しずつ我慢の度合いを増やして、慣らす。これも手口です。

 

 

『売るんですか?』

『マニア向けにね、ちょっと特殊なルートだし。売るといっても、ほとんどハケない。せいぜい僕の小遣い稼ぎってところ』

『本当に?』

『いまどき本物のAVがどれだけ売られていると思っているの』

 

 説き伏せられました。AVのこと、よく知らないですし。

 こうやって三回目の撮影に至りました。

*

 これで最後――。

 

 その言葉には嘘がないようでした。あの人曰く、映像まで映してしまえば、あとは「うまみ」はなくなるのだと。

 

 ずいぶんと残虐な言葉なんですが、これ以上エスカレートしたらどうしようと怯えているわたしには、これもほっとする言葉なんです。

 

 あの映像みたいなのを撮影したら、終われる。

 撮影場所は、またあの人の部屋でした。2LDKの部屋。衣裳部屋と、キッチン、そしてリビングを兼ねた板間。

 

 バスルームでほとんど身体が隠れてない水着でお湯を張ったバスタブに漬かりました。シースルーなので透けました。

 

 カメラを濡らさないか気になったみたいで、バスルームの撮影は短時間で終わった。

 

 ほっとしたけど、そうじゃないんですよね。

 AVってけっこう長いのを知らなかった。送られてきたのは6分ぐらいの映像だったので、もっと短いって思ってた。

 

 次はリビングで、オイルを垂らしてあの人に身体を撫でまわされた。

 こういうの雑誌で見たことある、インドのオイルマッサージ。

 

 あの人のしてること、目的が全然違うんですけど、意識逸らすのにそんなの思い浮かべてました。

 

 水着のなかまで手が滑りこんできたときは、恐怖で凍り付きました。

 身動きできない。

 虫の擬死みたい。動いたら死んでしまいそうな。息さえつめてしまう。

 だって大人の、性質の悪そうな男の人と一緒に、密室にいるんです。抵抗できないです。殺されないように。殺さないでほしい。だんだん、それしか願いがなくなる。

 

 時間が、すごく長く感じられた。実際、そうだったのかもしれないです。

 

 そのあと、あの人が言いました。

「それじゃ、実際にやってみようか」

 別の部屋に連れて行かれた。

 

 このマンション、わたしはずっと2LDKだと思っていたんですけど、実際は3LDKでした。奥にもうひとつ部屋があった。ベッドがカメラや照明で囲まれている。セットが完全にできていた。

 

 その場で泣いたりはなかったです。

 安っぽい薔薇の柄のリネンを見て、ぼんやりしてました。とうにこうなるの、わかってた気がする。あきらめきるの苦しすぎるから、それ無視してた。

 

 企画、制作、撮影、男優、販売。

 あの人はすべて単独で行いました。

 

 まぶしいなあって思ってた。

 照明が、まぶしいなって。

 

 このあとの記憶は、飛び飛びです。ちょうど強いフラッシュを炊いて、白飛びしてるような感じです。

 

 ただ、ひとつだけはっきりと記憶していること。

 

 わたしも他の被害者の子たちと同様、身分証明書を顔のよこに添えて、

「実技は自分の意志でやりました」

と暗唱させられたこと。

 

 その様子を撮影されたことです。

*

 わたしが被害者保護団体のPAPS!さんにつながったのは、一度未遂をやったからです。

 

 あれからリストカットが癖になってしまって、イライラしてくるとぱっと切ってしまう。切る直前って、すごくテンションが上がるんです。ほんの一瞬なんですけど。

 切ると、痛いけどほっとする。自分を責める声との戦いなんです。

 

 あの日は、暇だったんです。

 なにもかも興味が失せちゃって、死ぬことばっかり考えてる。もちろん××ちゃんへの興味なんか失せてるし、むしろ頭をよぎるだけでおぞましい。

 だから暇つぶしに、ぴたぴた腕を小型のナイフで叩いてたんです。正しくはリストじゃなくて、アームですね。腕。

 

、素早くイカ刺しみたいに、腕に切り身いれられるようになってた。アームカットの腕前上がったとか、くだらないギャグ、ひとりでケラケラ笑ってた。

 狂気のなかにいたと気づくのは、正気になってからです。

 

 ところがそのときは、思いのほか深く入っちゃったんです。

 血が、流れたり湧き出たりする感じじゃない。噴くに近い感じ。

 まずい、って動転しました。

 

 アームカットやってるくせに、死ぬの怖いんです。廊下に這い出て、助けを呼びました。

 

「おかあさーん!おかあさーん!」

 腕を抑えているわたしを見て、お母さんが絶叫してた。

 

 なんかそこから先は、むちゃくちゃ。お母さん、救急車呼ぶときに、サイレン鳴らさないできてくれって頼んでたのに、全然音を消さないでうちまで来ちゃって。

 近所でお母さんが親しくしてる人が、ストレッチャーで運ばれていくわたしをのぞいてる。

 

 「人体の不思議展」を連想しました。

 遺体をホルマリンに漬けずに樹脂を利用して作られた「人体標本」。それの展覧会です。実際に見に行ったわけじゃないけど、Webニュースで見た。

 いろんな遺体を、まじまじと人が見入っている。遺体に対する敬意を忘れて、恐れと、好奇の混じったまなざしで。

 

 行ってみたかったけど、行く機会なかった。でもここで、うちの庭先で、人体の不思議展がやってる。わたしは見る側ではなく、見られる側で、樹脂で加工された人体模型のように、抵抗するすべなく、人目に晒されている。

 

 映像のなかだけではなくて、生きている肉体としても、人体標本になるんだ。

 

 それからお母さん、毎日、泣いてる。自分を責めてる。

 ときにわたしに怒ったり、そして泣いて、なにがあったのか話してくれ、って。

 でも知られたくない、お母さんにいちばん、知られたくない。

 

 わたしはまだ高校生でしたが、疲れ切りました。もうへとへとでした。

 次の死に方も考えたけど、きっとまた土壇場で怖くなる。

 疲れすぎた。もう立てない。

 

 PAPS!を知った方法を教えてくれと、相談員さんに尋ねられました。

 わたしも皆さんと同じです。スマホで検索かけました。「アダルトビデオ」「撮影」「コスプレモデル」「相談」「騙された」などで探したと思います。「レイプ」もあったかもしれません。

 

 

 でも怖かったです、連絡入れるの。なにが怖かったんだろう、よくわからない。だれかに打ち明けるのが怖かった。たぶんそうです。

 そしたら慌てたように応じた人がいた。コールは三つだったと思う。

 

 泣きながら話しました。でも勢いだけでかけたので、なにを話しているか、自分でもよくわかりません。

 わたしが悪いんですが、わたしが悪いんだけど、つい、そう一言断りながら、かなり脈絡なく話をしてしまうんですが、悪くないですよと繰り返してくれました。

 

 しばらく話していたら、相談員の人がわたしの代わりに話を整理してくれて、いちばん困っているのはなんですかと尋ねられました。

 

 よくわからないですよね、そう尋ねられても。なにを解決してほしくて連絡したのか、自分のなかではっきりしない。

 そのうちに、自分のなかから、ぽつんと出てきた言葉がありました。

 

「お母さん――」

 

 それっきり何も言えずに、泣きじゃくりました。やがて相談員さんが尋ねました。

「打ち明けられなくて困ってるのかな、お母さんに」

 

 スマホ握りしめてうなずきながら、お母さんが泣いてる、泣いてるって何度も言ったように思います。

 

 そのうち、相談員さんがわたしに代ってお母さんに説明してくれることになった。AV強要はいま社会問題となっていること。それがどれだけ卑怯な手口で行われるかも。

 

 相談員さんから話を聞いたとき、お母さん、ものすごく泣いてた。そして怒ってた、わたしではなく、あの人――A被告に対して。

 わたしが話したらわたしは怒られたかもだけど、相談員さんは理路整然と説明して、何度も、わたしが悪くないことを強調してくれた。お母さんはわたしのために泣いてくれた。

 

 もう春なのに、コート探しにいくって。

 コートないと、わたしが死んじゃうと思ってるみたいだった。

 

 わたしがPAPS!さんに相談したのがきっかけとなり、A被告の逮捕にいたりました。

 撮影されたAVは、あの人の部屋から回収されました。事件化しないのをうかがっていたとかで、半年寝かせていたのが幸いしました。

 

 見ないほうがいいって言われたんですけど、無理をいってパッケージだけ見せてもらいました。例の、ブッフェで映したピースサインの画像が、もうひとつの、別のピースサインの画像と並べてありました。

 こんな残虐なことを、人は、人に平気でするんだ。そう思った。

 

 こうしてあの人――A被告は、大阪地裁に懲役3年、保護観察付き執行猶予5年、罰金30万円の判決(求刑懲役3年、罰金30万円)を言い渡されました。

 あまりにも軽い刑です。執行猶予がついている。

 それを思うと、悔しくて眠れない。

 

 わたしはいま、心療内科に通いながら、なんとか学生生活を送ってます。けっこう休む日が多い。一年ぐらい遅れるかも。でも、数少ないですが、友達もできました。

 

 心療内科の先生が、わたしにこう言いました。

「大切なのは、ひとりで眠るのに慣れることじゃない。ひとりで眠れない夜を過ごせるようになることです」

 睡眠薬を増やしてくれ、いいやこれ以上は増やさないで押し問答してたときです。

 

 意味わかりますか? 

 言われたときはすごく腹が立った。うるさい、いいから眠剤だせよ、って怒鳴りつけたかった。余計なお世話だ、って。

 

 なのに帰り道、泣いてた。ぼとぼと、涙が落ちてきた。

 後半、意味はまだよくわからないです。すごく意地悪だなって思うこと多い。でも前半はわかる。――孤独に慣れるな。たぶん、そういう意味の言葉です。

 

 一人でいるのに、慣れないで。

 たぶん先生、そう言いたかったんじゃないかなあ。

 

 帰り道に泣いたのはたぶん、納得してしまったからだと思います。

 だから、ひとりで眠るのに、慣れないようにしようと思います。

 

 

 わたしは、同じ被害に遭った女の子たちのことを思い浮かべてます。

 

 だれにも秘密を打ち明けられず、ひとりでいるのに慣れようとしているのだろうか。  あるいはひとりで、だれの手も届かない場所に行こうか迷っているのだろうか。そうだとすれば――。

 わたしからのお願いはひとつです。

 

 ひとりでいるのに、慣れないでください。