
200人のAV被害者、そのひとりがわたしです - 前編 -
昨年(2017年5月)、詐欺サイトで「コスプレモデル募集」を呼びかけ、女性200人以上をアダルトビデオに出演させていた男が大阪府警に逮捕されました。
犯人は一連の犯行で1億4千万円の不正な利益を手にしました。
一方、判決は懲役2年6か月、罰金30万円、5年の執行猶予。(検察側が上告中)
PAPSにも、被害者女性たちから相談を寄せられました。
彼女たちの希望と了承のもと、被害体験を"語って”もらいました。ただし、相談者が特定されないように、複数構成にしてあります。

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はじめまして。
わたしは、たくさんあるAV強要の事件のなかで、とりわけ有名な事件の被害者です。被害者はたくさんいますが、ほとんどの子は訴え出ていません。
A被告――ここから先、わたしはA被告を『あの人』と呼びます――は、AVの撮影を強要したあと、被害者の女の子たちに、「実技は自分の意志でしました」と暗唱させ、映像に残しました。
実技とは性行為のことです。
このとき、身分証明書を、顔のよこに添えさせます。
捜査の決め手となったのは、暗唱しながら泣いている女の子の映像だったそうです。
PAPS!さんにつながって知ったのですが、AV強要は、複数の人間がチームワークで行うのが一般的だそうです。
グラビアの撮影と騙され郊外のスタジオへ。 そこには数名の男たちが待ち構えていてAVへの出演を迫ります。撮影スタッフも、グルです。女性のメイクさんさえグルです。優しく慰め、我慢すれば終わるからねと説き伏せたりするそうです。
ですがこの事件の犯人は「単独犯」でした。
その話を、今日はしたいと思います。
事件に至るまでの経緯と、被害に遭ったときのこと。そして被害後どうであって、PAPS!さんにつながってからどうなったか。
個人的な話が多くなりますが、なにかの参考になるのを願います。
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わたしの家は共働きで、どこにでもある普通の家でした。経済的にもごく普通。
中学受験をして、ミッション系の私立中学に進学しました。
わたしは自分をわりといい家の子だと思ってましたけど、そうじゃないんですよね。
まわりはけっこう派手な暮らしをしているお家でした。お父さんが開業医だとか。
いちばん仲良かった子は、ご実家が××(個人の特定を避けるために、本人の了解を得て省略しました)を営んでいて、その子はバレエや歌のレッスンに夢中でした。
みんなと一緒の進学校を目指していたけど、宝塚を記念受験するんだって言ってた。わたしも彼女みたいにバレエを習いたかったけど、お母さんに頼むとさりげなく話をそらされました。
親の負担に気づきだしたのはこの頃です。
高校ぐらいのときに、とあるアイドルグループに熱中しました。
男の子のアイドルグループじゃなくて、女の子のアイドルグループ。
見てると、いろんな嫌なこと忘れられた。
友達が少なくなっていたのは、関係あります。
進学しても、地方ってあんまり顔ぶれが変わらない。中学の人間関係は、そのまま高校に繰り越されます。
高校一年の冬に、久々にみんなで映画見に行こうって話になったんです。去年の冬は受験でそれどころじゃなかったし。
そのとき気づいたんです。
高校になって、みんな、中学のころより服装に気合が入るようになってた。でもわたしのコートは、新しいのなのに安物だから型崩れしてる。
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楽しめずに帰宅しました。でもお母さんに、コート買ってって言えなかった。そんなこと言ったら、お母さん、可哀相。
それから、日曜はどこにもいかないで、ずっとそのアイドルグループの××ちゃんのことを考えて過ごすのが増えた。空想するのが好きになった。
推しの××ちゃんは、子供のころからバレエや歌やダンスのレッスンやってきて、身体がすごく綺麗で、「可愛い」じゃなくて「恰好いい」アイドルだった。
××ちゃんは、適当な時期になったらアイドル卒業するって宣言してた。
みんなが憧れるアイドルの座を、あっさり捨てるなんて、本当に選ばれた人なんだなあって。憧れた。
YouTubeで映像を探して、××ちゃんのことを見たり。お小遣いでもなんとか買えるグッズを集めたり。そんなふうに過ごしてた。
高校二年のときでした。
ネットで検索していたら、「コスプレモデル募集 アイドル一日体験」と書いてあるサイトを見つけました。
どういうキーワードで見つけたのか、正確なところを忘れてます。
××ちゃんの情報や同人誌を探しているうちに引っ掛かったんだと思う。
そのサイトには、コスプレ着用で撮影された女の子たちがサイトに載ってた。「夏休みのいい思い出になりました」って、その子たちのコメントつきで。
ぱっと目を引いたのは、その子が着ていたコスチューム。
去年ぐらいの曲で、××ちゃんたちが着ていたコスチュームになんとなく似てる。
心臓がきゅってなった。
だって思ってもみなかった。
××ちゃんにそっくりのコスチュームを着て撮影してもらうなんて。
自分がアイドルになれないなんて、解ってる。
だって××ちゃんのデビューは十四歳、わたしはもう十七歳。しかも歌もダンスもレッスンしてない。
でも一日ぐらい、体験してみてもいいんじゃないかな。
子供のころ、キッザニアに行きませんでした? 職業一日体験、働く真似事をして、疑似通貨をもらって。楽しかったですよね。
あれのもうちょっと具体的な感じをイメージしました。
*
「アイドル一日体験」は、ラインで画像を送ったら、その時点で合否がわかるっていう話でした。
そして面接なしで撮影会だっていう話でした。
隠れるような気分で、サイトを何度ものぞいた。
たくさんのコスプレが用意されていて、コスプレ選んで、ヘアメイクしてもらって。
ここは、書いておかないといけないと思うので書きます。
アイドル一日体験は、三万円貰えるって書いてありました。
サイトには、わたしが可愛く撮れた写真が、売り買いされるようなことが書いてありました。
アイドルみたいに、自分の魅力がお金に変わる。そんなことありえないけど、もしかしたら――。
のちの話になりますが、事件が記事になったころは、つい匿名掲示板を見に行ってしましました。そしていつも死にたくなりました。
「どうして、そんなことを信じたのか」
「写真を撮るだけでそんなお金がもらえるわけがないだろう」
「いまどき、JCとだって――」
どうして、そんなことを信じたのか?
わたしは「どうして」に対して、正直にこう答えます。
コートが欲しかったからです。
三万あれば、コートを買うのに十分だと思ったんです。
他人が自分の願いのままの嘘をついたとき、人はあっけなく騙されると思います。
身近な例では、おだててもらったとき。夜のお店に行く男の人とか、おだててもらうのをお金で買う場所だって知っているのに、すぐに勘違いして騙されたって言ってるみたいですね。
人は、自分の願望に沿って、騙されます。
*
事件の話に戻りますね。
アイドル一日体験の広告を何度も見て、ついに決意しました。どきどきしながら顔写真を送りました。すぐに返事が来た。
あの人からの返事です。
『いいと思いますよ、とてもいい。口元が幼い感じがいい。ちょっとおっとりした感じ、スレてない感じ、いいですね』
だいたい、こんな感じです。
遠まわしに「ダサい」って言われてるのわかった。「スレてない」、むしろ納得した。そういうの好きな男の子って、たしかにいる。自分のプライドを傷つけない、ほどほどの女の子のほうがいいって男の子。
『ありがとうございます、でも目が小さめじゃないですか』
すぐに返事が届いた。
『いまどきは整形してる子が多いから気にしちゃうよね。大丈夫、プロのメイクでどうにでもできるし』
目があんまり大きくないの、否定しないから、正直な人だなって思った。
あの人は軽い話題を楽しく盛り上げるのが本当にうまかったです。
ううん、それは正確じゃないですね。わたしが言ってほしいことを、言ってくれる才能です。平気で褒めて、平気でおだてる。
あと、返事が早かったです。ほんとうにすぐ。
すごく忙しそうでも、返事くれている様子。
返事ないと、すごく不安になりません?
嫌われたかな、とか。
でもそういうの、あの人は決してしなかった。一言二言でも、必ず返ってくる。
『本当に整形いらないですか?』
『視聴者はね、最初から美人な子よりも、自分たちが育てたっていう感じが好きなの。自分たちが応援しているうちに、みんなが振り向いちゃう美人になった。これね』
自分もアイドルオタだから、すごくよく気持ちわかる。
現実味はなかったけど、メッセを交わしているのは、楽しかった。
でも、ちょっとだけ「これ本気かも?」とも思った。
『まあ、整形のことは――僕が折をみてね』
どきんとした。
君のなにもかもが素晴らしい、って言われたら、さすがに騙されているって気づいたと思うけど。整形のことはまったく否定しなったし、『折を見て』。
芸能人も、だんだん顔が変わってく。
それからちょっとして、雑談してたら、さらっと「整形は額だよね。三百万ぐらいかけないと駄目だよね」って。
それはアイドル一般に関してのことだったけど。
でもなんとなく、売り出すからにはそれぐらいの額をかけるよ、って言外に匂わせている感じした。
整形について詳しくないからびっくりしたけど、それなら美人になれるの、納得だって思った。わたしでも、三百万かければ、もしかしてって。
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夜になると××ちゃんのことを考えるより、あの人とのメッセージのやりとりに熱中するようになった。
『芸名も凝っちゃおうね、これまで何人も売り出してきたけど、きっと君はいけると思う、だから一生懸命考えている、君の名前』
無駄ですよお、って否定すると、すぐに返事くる。
『そんなことない!芸名はほんと、マネージャーになる人間として、責任重大だよね』
空想のアイドルごっこでした。
わたしをアイドルとして売り出すために、一生懸命、作戦を練ってる人がいて。返事を渋ってると、空回りしてますよって言いたくなるほど必死になってくれて。
楽しい。
そのうちに、あの人がただのスカウトじゃなくて、芸能事務所に所属するマネージャーだったんだって知りました。
全部嘘だったんですけどね。
それと、あの人が所属してるっていう芸能事務所、わたしも知ってる有名な芸能事務所と、名前が似てました。
もともとは小さな事務所だったけど、その有名な芸能事務所に吸収合併されたっていう話でした。
だから「自由裁量がきく」って。
子会社みたいなものかなって想像しました。
あの人は、自分が頑張ってこれから会社を成長させようとしているって、変に力んでました。
それは全部、「よくある話」の気がした。
冴えない人が、いいそうなことのような気がしたんです。
あの人は、芸能界の片隅にいるけど、特別有能でもない、平凡なマネージャーなんだろう。
そうなら、わたしがアイドルになれるって勘違いしても、しょうがないよね。
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あの人がよくわたしにしていた話に、スキャンダルで消えちゃった、人気アイドルの話がありました。自分は火消しに走り回ったけど駄目だった、あれが悔しくてならない、って。
聞けば聞くほど、この人って駄目なマネージャーなんじゃないのって思った。
だってそのスキャンダルってわたしが小学生六年のときだったし。ずっとそのあいだアイドル発掘できなかったの?って。
でも楽しかったです。わたしに思い入れのある人とメッセの交換するの。
駄目なマネージャーさんと、アイドルになるには遅い年齢の女の子。
そういう組み合わせも、悪くないのかな、なんて。
子供っぽい空想かもだけど、楽しかったですよね。
いつの間にか、あの人はわたしのマネージャーだということになってました。
それも不思議だと思うようにならなくなってました。ごっこ遊びのつもりが、わたしのなかでそうじゃなくなりつつありました。
あの人からメッセージが来る。
『僕が君のマネージャーだからね。いずれ、公私ともに支えるようになるから。
悩み事があったら、隠さずしてね』
家のなかのいろんなことを話した。
いつの間にか、お父さんの仕事、勤め先、お兄ちゃんの学校だけじゃなくて塾まで。住んでいる家の住所、それからわたしが通っている高校は、もちろん。
ツイッターのアカウントもあの人に教えた。
『この子だれ?へえー、可愛いね。中学のときからの親友なんだ。最近うまくいってないの?どうして』
知らないあいだに、あの人はわたしの交友関係まで全部おさえていました。無防備に画像をアップされていた友人たち、住所が割れるような情報が書き込まれている友人たち、友人の友人たち。
そのアカウントすべてを、あの人は把握したんです。
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一か月後の日曜日、わたしはあの人と会うことになりました。各駅停車の新幹線、こだまで大阪にむかった。そう、わたしの地元、小さい街なんです。地方都市とも呼べないようなところ。
御堂筋線のなかでは、もう息が苦しくなるほどどきどきしてた。
やっぱりここでもコートが気になってました。大阪の女の子たちと比べると、地元にいるときよりも、もっとみすぼらしいのわかる。
あの人の顔に、落胆の表情が浮かんだら。
怖かったです。
待ち合わせの梅田、改札を出てたら、顔がむくんでる小太りのおじさんが近づいてきた。
その人は親し気にわたしに声をかけてきました。
「××ちゃんだよね。僕、――事務所のAです」
あの人の名前を名乗ったおじさんが、あの人だなんてすぐに信じられなかった。
四、五十代だろうか。わたしのお父さんより老けてみえる。
冬なのに、Vネックのシャツで胸元を見せている。無理やりなアメカジ。のびかけでうねった髪に不潔感がある。
ショックでした。
駄目なマネージャーさんなんて思ってたけど、こんなふうには想像してなかった。肝心なところでミスをしちゃうけど、愛すべきところがある、イケメンとまではいかないけれど、そんなに恰好悪いわけじゃないオジサン。
そんなイメージを抱いていた自分に気づいた。
でもすぐに、がっかりした自分を叱った。
あんなにわたしを褒めてくれた人にがっかりするなんて、よくない。
見た目で人を、判断しちゃ駄目だってお母さんにも言われた。
あの人は、気さくな感じでわたしに笑いかけました。
「早速だけど、行こうか。美容室を予約してあるんだよ」
嫌でした、正直言って。
お父さんよりも年上の変なおじさんと、街を肩を並べて歩く。
アイドルとマネージャーごっこをしてなかったら、絶対についていかなかったと思う。
でも、そうはできなかった。自分の浮かれた気持ちをすぐには消せなかったのと、目の前にいるこの人を突き放せない感じ。ふたつ理由がありました。
あの人は気の弱い女の子を見抜くのに「才能」があったと、言われています。
気の強い女の子は、ここで帰っちゃっていたそうです。
わたしは、できなかった二百人のひとりでした。
続