メルマガvol.119「今は亡き田口道子理事長を偲んで」



 NPO法人ぱっぷすの初代理事長田口さんの命日の2022年2月21日に行われた毎日の定例15分ミーテイングには、カナダ、福井県等からのZOOM参加者を含めて15人が集まっていました。でも、田口さんを直接知っているメンバーはたった4人だけ。任意団体の時からの田口さんを知っているのは二人だけです。


 ぱっぷすは2009年に任意団体として、アダルトビデオの制作等に関わることにより甚大な性被害を被っている女性たちの問題を社会に訴えるために立ち上がりました。

 全国から寄せられるAV被害の相談に継続して責任をもって対応するために、任意団体を結成して約8年後の2017年11月にNPO法人格を取得しました。そのぱっぷすの初代の理事長が今は亡き田口道子さんでした。3年前のことです。

 ぱっぷすは、アダルトビデオに出演する女性は、それが好きでやっている、映像中に性暴力が振るわれているように見えるがあれは演技だ、被害者なんていないと言われていたそれまでの俗説に、被害者がここにいると一つ二つではない事実をもって社会に示してきたのです。そして、AV出演強要問題は政府の政策に上り、アダルトビデオ業界も生き残りをかけて体質改善をまことに不十分ながら行うようになりました。

 最初からこの活動の中心にいたのは田口道子さんでした。事務局長として財政の心配をし、日常的なさまざまな雑務を担っていました。そして、NPO法人格取得の時には理事長として前途多難な活動の全責任を負いました。

 しかし、翌年の春には重大な病が発症していることが判明。相談者に同行して弁護士事務所を訪れていた時に周囲が異変に気がついたのでした。すぐに診断が確定し治療が開始されました。病の進行は早く治療開始後1年足らずで亡くなりました。一同どんなにか病の治癒を願った事でしょう。田口さん、今、いかないで、と。亡くなったお知らせの電話をお連れ合いから受けた時呆然としてことの次第を理解するのにしばらく時間を要するありさまでした。一同覚悟はしていたのに。

 田口さんは若き日にはキリスト教の信仰に生き、やがて社会福祉の実践に目覚めて、知的障害者福祉施設、婦人保護施設の利用者のためにまっしぐらに突き進んできました。その職業的背景を引っ提げて、ぱっぷすの性暴力被害女性の支援に関わり、田口さんの実践的理論基盤が活動の支えになってきました。

 理事長就任後2年余で病に倒れ志半ばで旅立ちました。最後の最後まで性暴力被害者をださない社会、性暴力加害者を生まない社会を目指ざして闘いました。この田口さんの思いを受け継ぎ発展させていきたいと願っています。

 田口さんを知る数少ないスタッフの声を紹介します。


〇 田口さんはいつも優しい笑顔の素敵な方でした。娘として、妻として、母として、つまり一人の女性として私は全方位的にこの先も尊敬し続けると思います。相談業務で困った時は、天国の田口さんならどの様に御指導して下さるかしら?とこれからも空をみあげるだろうなあ。と思います。

〇 田口さんは困っている人に寄り添い続ける力のある人。それだけじゃないんだけど、ね。

〇 弱い立場にいる人を貶めようとする加害者に対して怒り、当事者と同じ立場にたって寄り添い、なんとかしてこの社会を変えていかなければいけないという熱い想いを持って休むことなく活動されてきた、パワフルで、優しい田口さん。田口さんのような相談員になりたいと思いながら、毎日ぱっぷすで相談を受けています。これまで田口さんが築いてくださった土台にのせていただきながら、性的搾取を終わらせる!という目標に向けて諦めずに皆で力を合わせて行動し続けます!

〇 田口さんと言えばあの笑顔!

〇 田口さんの後ろについて面接や同行支援に行かせていただく中で、また、私がチームの一員として働く中で肌身に感じた田口さんの洞察には温かいものがありました。日々、田口さんはこんな時こう言っていた、田口さんはあの時ここを見ていた、と思いだせる、そのような経験をさせていただけた事が今の私の糧になっています。

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